こんにちは!
今日もご覧いただきありがとうございます🌾
東京おこめ研究所 代表、ごはんソムリエ・米粉マイスターのにいろあやかです✨
今回は「私のグルテンフリー体験記」第一弾として、人生の中でも特につらかった体調不良の時期を振り返ります。
「普通に生きること」ができなかった日々
物心ついたときから、いつもどこかが痛かった。
頭痛、めまい、胃腸の不調、便秘、ひどいPMS…。特に偏頭痛はひどく、寝込む日もしばしば。
「また今日も学校に行けない」
「また約束を断らなきゃいけない」
外遊びが大好きで友達と遊びにいきたいのに、体力がついていかず…。今でも覚えているのが、本当によく保健室にお世話になっていたことです。
特に小学生高学年~中学生の頃は、週に何回も保健室のベットで休ませてもらっていました。おかげで保健室の先生は超仲良しで、第二の母のような関係性になっていました(笑)
勉強も比較的好きだったのですが、いつもどこかが痛くて集中できなかったですね。
思うようにできない自分にいつも劣等感を抱いていました。
ふとしたきっかけで始めた“グルテンフリー”
そんな私に転機が訪れたのは、コロナ禍で外出自粛となったある日。
なんとなく始めた“グルテンフリー”生活。
小麦を抜いただけなのに、信じられない変化が起きました。
あれほどつらかった頭痛の頻度が減り、
毎月恐怖だったPMSや肌荒れも明らかに軽減。
「もしかして、これまでの不調の原因は……」
そう思った瞬間、嬉しくてたまりませんでした!
“食べること”が怖くなった時期も
でも、同時に私を襲ったのは「食べられない悲しさ」でした。
大好きだったパンも麺もケーキも、楽しみだったはずの食事が「我慢の対象」になってしまったのです。
レストランでは気を遣わせてしまうのが申し訳なくて、
外食が怖くなり、どこか人と距離を置くようにもなっていたかもしれません。
体は元気になっていくのに、心はどこか孤独でした。
米粉との出会いが“希望の光”に
そんな私を救ってくれたのが「米粉」との出会いでした。
小麦の代わりに米粉を使えば、またパンが食べられる!ケーキも作れる!
我慢ばかりだった毎日が、少しずつ「楽しさ」に変わっていきました。
これは“心”の闘いだった
この体験は単なる体調の改善ではなく、「自分を責める気持ち」「食べることへの恐怖」「孤独」といった心の闘いでもありました。
でもその中で、米粉やお米の持つ力に気づき、未来への道が開けていったのです。
次回は、そんな私が“米粉を仕事にしよう”と決意し、
どう動き始めたのかをお話しします。
「東京おこめ研究所」誕生の裏側をお楽しみに🌾